【JMボイトレ #4】「息を支える」ってどういうこと? ― 声がブレない呼吸のしくみ(アッポッジョ)
この記事の結論 ・「息を支える」とは、息を押す力とブレーキをかける力のバランスを保ち、息の圧力を一定にすることです。 ・このバランスの考え方を、イタリア語で「アッポッジョ(appoggio:寄りかかる・支える)」と呼びます。 ・支えができると、声が揺れず、長いフレーズの最後まで同じ音色で歌えます。
前回とのつながり
前回の#3では、横隔膜は「息を吸う筋肉」で、吐くときに息を送り出しているのは主にお腹の筋肉だとお話ししました。そして、横隔膜はゆっくり戻ることでブレーキの役割もしている、という話で終わりました。
今回は、その「押す力」と「ブレーキ」が一緒に働く状態、つまりボイトレで一番よく聞く言葉の1つ、「息を支える」の正体を見ていきます。
「息を支える」ってどういうこと?
答え:吐く力(押す)と吸う力(ブレーキ)を同時に少しずつ働かせて、声帯に届く息の圧力を一定に保つことです。
よくある疑問はこうです。
「『もっと支えて!』って言われるけど、何をどう支えればいいのかわからない…」
「支え」は目に見えないので、とてもわかりにくい言葉です。お腹を固めることだと思っている方も多いのですが、実はそうではありません。
なぜ息は「支え」がないと不安定になるの?
答え:何もしないと、息は最初に勢いよく出て、だんだん弱くなるからです。
息をたくさん吸ったあと、何も意識せずに吐くと、広がった肺や胸がゴムのように元に戻ろうとします。そのため最初は強く・速く息が出て、後半になるほど弱くなります。
#1でお話ししたように、声帯を震わせるエネルギーは声門下圧(せいもんかあつ:声帯の下にたまる息の圧力)です。この圧力が「最初は強い→だんだん弱い」と変化すると、声も同じように変化してしまいます。
フレーズの頭:息が強すぎて、声が硬くなる・大きくなりすぎる
フレーズの後半:息が弱くなって、声が細くなる・音程が下がる
歌では、この自然な変化を体でならして、一定にする必要があります。それが「支え」です。
支えの中では何が起きているの?
答え:お腹の筋肉が息を送り出し、同時に肋骨まわりと横隔膜が「広がった状態」を保とうとして、息の出方にブレーキをかけています。
綱引きで考えてみましょう
2チームが綱を引き合っていて、真ん中の印がぴたっと止まっている状態を想像してください。どちらも力を入れているのに、印は動きません。
押し出すチーム → お腹の筋肉(腹筋群)
ブレーキのチーム → 横隔膜と、肋骨を広げておく筋肉(外肋間筋:がいろっかんきん など)
真ん中の印 → 声帯に届く息の圧力
どちらかが強すぎると、印が一方に動いてしまいます。
押す力が強すぎる → 息が出すぎて、声が押しつぶされる
ブレーキが強すぎる → 息が止まって、喉で声を作ろうとしてしまう
ちょうど釣り合っているとき、息の圧力が一定になり、声が安定します。これが「支え」の正体です。
「アッポッジョ」とは
この考え方は、イタリアのオペラ歌手たちが昔から大切にしてきたもので、アッポッジョ(appoggio)と呼ばれます。イタリア語で「寄りかかる」「支え」という意味です。
ポイントは、吸ったときに広がった肋骨まわりを、歌っている間もできるだけ広げたまま保つことです。肋骨がすぐにしぼまないので、息が一気に出ていかず、お腹の筋肉でゆっくり送り出すことができます。
支えは「固める」ことではない
ここが一番大事なポイントです。支えは、お腹をカチカチに固めることではありません。
綱引きの印が止まっていても、両チームはずっと力を調整し続けています。支えも同じで、フレーズの最初から最後まで、少しずつ力の配分が変わり続けている状態です。
フレーズの前半:ブレーキ役がやや多めに働く
フレーズの後半:押す役がだんだん多く働く
固めてしまうと、この細かい調整ができなくなります。
つまり、こういう流れです
吸って、肋骨まわりが広がる ↓ 歌い始めても、広がりをできるだけ保つ(ブレーキ) ↓ お腹の筋肉が、息を少しずつ送り出す(押す) ↓ 息の圧力が一定になり、声がブレない
歌ではどんな違いが出るの?
答え:ロングトーン、フレーズの後半、強弱の変化など、「同じ声を保つ」場面で大きな差が出ます。
ロングトーンの揺れ
支えがないと、伸ばしている音が細かく揺れたり、だんだん小さくなったりします。支えがあると、最初から最後まで同じ太さ・同じ音色で伸ばせます。
フレーズの最後の音程
フレーズの後半で息の圧力が落ちると、音程が下がりやすくなります(フラット)。支えで圧力を保てると、最後の音まで音程が安定します。
小さな声(ピアニッシモ)
意外かもしれませんが、小さな声ほど支えが必要です。少ない息を一定に流し続けるには、ブレーキ役がしっかり働いていないといけません。支えがないと、小さな声はかすれたり、途切れたりします。
K-POPのダンスボーカル曲
踊りながら歌うと、体の動きで息の出方が乱れやすくなります。体の中心で息の圧力を保てていると、振り付けで体が揺れても声は揺れにくくなります。
このしくみを知らないと起きる問題
「支えて」と言われて、お腹をギュッと固めたり、お腹を前に押し出したまま力を入れ続けたりする。これはとてもよくある失敗です。
固めると呼吸の調整ができなくなり、結局は喉で声をコントロールしようとしてしまいます。声が硬くなり、喉が疲れやすくなります。支えは「固める」ではなく「保ちながら調整する」ものなのです。
JOYMUSEのレッスンでよく見るパターン
JOYMUSEのレッスンでロングトーンをしてもらうと、多くの生徒さんが歌い始めた瞬間に胸と肋骨がストンと下がります。息が一気に出てしまうので、5〜6秒で声が細くなっていきます。
本人は「息が足りない」と感じて、もっとたくさん吸おうとします。でも実は、足りないのは息の量ではなく、出ていく息のブレーキなんです。
肋骨まわりの広がりを保ったまま歌う感覚がつかめると、同じ量の息でも、伸ばせる時間がぐっと長くなる方が多くいます。JOYMUSEでは、まずこの「広がりを保つ」感覚を一緒に確かめます。
自宅でできる練習:「支え」を体で覚える3ステップ
この練習の目的:押す力とブレーキのバランスで、息の圧力を一定に保つ感覚を身につけること。
各ステップ3回ずつ、1日3分ほどで大丈夫です。
ステップ1:肋骨を広げたまま「スー」(ブレーキの感覚)
両手を脇腹(下の肋骨のあたり)に当て、お腹と脇腹をゆるめて吸います。手が外に押されたら、その広がりを保ったまま、「スー」と15秒かけて吐きます。手の位置ができるだけ内側に戻らないように意識しましょう。
→ 鍛えているのはブレーキ役(肋骨を広げておく力)。息が一気に出ていかない感覚をつかみます。
ステップ2:「スッ・スッ・スッ」から「スー」へ(押す感覚)
おへその少し下に手を当てます。「スッ・スッ・スッ」と短く3回息を吐き、そのたびにお腹が軽く内側に動くのを感じます。そのまま続けて「スーーー」と長く吐き、お腹がゆっくり一定のスピードで内側に動くようにします。
→ 鍛えているのは押す役(お腹の筋肉)。息を少しずつ送り出す動きを感じます。
ステップ3:ティッシュの前で「ウー」(バランスの感覚)
ティッシュを1枚、口の前15cmほどのところで垂らして持ちます。ステップ1の広がりを保ったまま、楽な高さで「ウー」と10秒伸ばします。ティッシュがほとんど揺れず、最初から最後まで同じ状態なら成功です。
→ 確かめているのは押す力とブレーキのバランス。ティッシュが大きく揺れたら息が出すぎ、声がかすれたら息が足りていません。
できているかを自分で確かめる方法
鏡とスマホの録音を使って、次の点を確認しましょう。
ステップ1で、吐き始めた瞬間に手が内側に戻らないか:すぐ戻るならブレーキが弱いサインです。15秒の半分までは広がりを保つことを目標にしましょう。
ステップ3で、ティッシュが最初だけ大きく揺れないか:歌い始めの息が強すぎます。出だしを「そっと」始めましょう。
録音した「ウー」の音量と音色が、最後まで変わらないか:後半で小さくなる、細くなるなら、後半の押す力が足りていません。
お腹や首がカチカチに固まっていないか:固まっていたら、支えではなく「力み」です。一度力を抜いてやり直しましょう。
深い呼吸を続けて少しクラッとしたら、休憩してから再開してくださいね。
よくある質問
Q. 支えができるまで、どれくらいかかりますか?
A. 個人差はありますが、毎日数分の練習で、2〜3週間ほどで「広がりを保つ感覚」がわかってくる方が多いです。ただし歌いながら自然にできるようになるには、もう少し時間がかかります。呼吸だけの練習と、歌いながらの練習を両方続けるのがおすすめです。
Q. 腹筋を鍛えれば支えが強くなりますか?
A. 腹筋の力は必要ですが、強さよりも調整する力の方が大切です。強い腹筋で押すだけだと、息が出すぎてしまいます。押す力とブレーキのバランスを練習することが、支えへの近道です。
Q. 高い音を出すときも、支えは同じですか?
A. 基本の考え方は同じですが、高い音ほど声帯の振動に必要な息の圧力が変わるため、バランスの調整が細かくなります。高音と支えの関係は、このシリーズの発声の章で詳しく扱います。
Q. 「お腹を前に出したまま歌う」のは正しいですか?
A. 吸ったときにお腹がふくらむのは自然ですが、歌いながらお腹を前に押し出し続けるのはおすすめしません。お腹は歌っている間、ゆっくり内側に動いていくのが自然です。保つのは「お腹の前」ではなく「肋骨まわりの横の広がり」だと考えてください。
今日の一行まとめ
息を支える理由は、押す力とブレーキのバランスで息の圧力を一定に保つと、声がブレず、最後まで同じ音色で歌えるから。
次回予告
【JMボイトレ #5】「息の量」と「息の圧力」は違う? 声門下圧をコントロールするしくみ
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この記事を書いた人
JM|K-POP専門ボーカルスクールJOYMUSE(ジョイミューズ)トレーナー
韓国と日本でボーカル指導を行う韓国人トレーナー。スタジオでの対面レッスンとオンラインで、日本語・韓国語のレッスンを行っています。発声の「なぜ」を体のしくみから伝えることを大切にしています。
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